
須磨寺
神戸市の須磨寺には、一の谷の戦で亡くなった敦盛の遺品が多く納められています。
境内へと続く参道の左手、「源平の庭」には敦盛と直実の騎馬像があり、かつての様子が再現されています。

熊谷直実に呼ばれて、まさに振り返ったところの敦盛の様子です。
この向かいには扇を上げて呼びかける直実の像があります。
この瞬間に敦盛の運命は決まってしまいました。
「笛の音に波もより来る須磨の秋」とは、蕪村の句です。
現在の宝物館は、私が数年前に訪れたときとは多少様子が異なるかもしれませんが、敦盛愛用の青葉の笛や、熊谷直実による敦盛の木像などがありました。
敦盛の木像は、敦盛と戦い、はかなくも命を奪うことになった直実の手によるものですから、実際の敦盛の面影をとどめているのではないかと思います。
どこかあどけなく…、けれどもきりっとした美しい像です。
さらに、目を奪うのは敦盛が使用していた甲冑、鼓、弓です。
年月を経て、古くなっているせいかもあるかもしれませんが、どれもなんだか痛々しいのです。
甲冑は、これまで何度も目にしてきた「壇ノ浦の武将が身につけていた」とされるものに比べると、ずいぶん小さくかんじられます。
それに比して、使用していた弓の大きさはかなりのもので、敦盛の最後の出陣の様子を思うにつけ、痛ましい気持ちがします。


左は敦盛の甲胄、右は敦盛が愛用していた笛です。
ガラス越しの撮影のため、フラッシュで見えにくくなってしまいました。
主を失って800余年。
しかし、敦盛が確かにそこにいたことを感じさせてくれます。

これは、はじめて須磨寺を訪れた時、宝物館を案内してくださった方からいただいた写真です。
敦盛の首を洗ったという首洗い池です。
池というにはあまりにも小さな池なのですが、当時の情景を思うと、思わず涙を誘われてしまいます。