top of page

素顔

平家物語が、男達の世界から平家の興亡を描いているのだとすれば、建礼門院右京大夫集は、女性が間近に一門の栄華と没落を見聞きした回想記といえるのではないでしょうか。

この女性は建礼門院の傍近く仕え、やがて平家の公達である資盛を恋人とするに至ります。

 

右京大夫集では、彼女が親しく交際し、見慣れた一門の人々を悲しみを込めて回想しているため、公達の日常や人物の人となりが生身の人間として浮かび上がってきます。

 

 

承安5年の春ごろだったでしょうか。

女院(建春門院)が内裏においでであった折、二位殿と一緒に、中宮(建礼門院)様の御所へいらっしゃいました。

私はおそるおそる、そっと拝見してみると、建春門院様は紫の御衣に、山吹の御上着、桜の小袿、青色の唐衣に蝶をいろいろに織り出したのをお召しになったのはいいようもなく立派で、お若くいらっしゃるのでした。

また、私のお仕えする中宮は、つぼめる色の紅梅の御衣、樺桜の御表着、柳の御小袿、赤色の御唐衣、どれも桜を織り出したのをお召しになって、とりどりの色が互いに引き立てあって、今さらのように素晴らしくいらっしゃいました。

その上、あたりの御所の飾りつけといい、人々の姿まで輝くばかりに見え、春の花と秋の月夜を同時に見るような心地さえいたしました。
 

 

頭中将実宗様が、賀茂の祭りのころ、権亮維盛様が通りかかるのを呼び止めて、「近いうちにのんびりと遊ぼうと思うので、そのときは必ずお誘いしよう」と約束されました。

維盛様はすぐその場を立たれましたが、やや離れて姿全体が眺められるあたりにお立ちになっていました。

その季節の当たり前の衣裳でしたが、格別鮮やかに見えて、警護の姿が絵物語に描かれている人物のように美しく見えました。頭中将さまは、「維盛殿のような美しい姿だとわが身を思えばどんなに命が惜しいだろう。うらやましいことだ。維盛殿を見る女性という女性は、恋人になれる日をどれほど密かに願っていることか」と言われるのでした。
 

 

いつの年だったでしょうか、内裏に火事があって、もう少しで危なかったところを、重盛様はじめ、武官が活躍なされて、大事には至りませんでした。そのときの重盛様は直衣に矢を背負い中宮の元に参上なさったのですが、本当に立派なご様子なのでした。

 


宗盛様が中納言のころ、「櫛を下さい」と申し上げていたのですが、宗盛さまから、紅の薄様にあしわけ小船の模様が彫刻してあるたいそう立派なものを、無理に受け取らせられました。

 

 

資盛様が殿上人であったころ、父の重盛様の供養をされて住吉から帰られると、州浜の形に精巧に作った盤の上に、様々の貝を入れて忘れ草を置いて、和歌を結びつけたのを下さいました。



中宮様が里帰りされた折、中宮のご兄弟から、御甥の方たちがいつも御傍に詰めていらしたのですが、花の盛りに月がとても美しかったので、「何もしないで明かしていいものでしょうか」と、維盛様が朗詠し、笛を吹かれ、経正様が琵琶を弾かれ、女房達が御簾の内側から琴を鳴らして楽しんでいました。

そうするうちに、宮中から隆房様が主上の御文を持ってこられたので、そのまま呼び寄せて音楽や昔語りを楽しみました。隆房様は、たいそう和歌が御上手なので、「ここにいる人たちは、何でもいいから和歌を書きなさい」と、まず自分が和歌を書かれました。維盛様は「自分のように歌も詠めない者はどうしよう」と言われていたのですが、なおも促されて、仕方無しに詠まれました。

経正様は、「うれしくもこよひの友の数に入りてしのばれしのぶつまとなるべき」と詠まれたのを、人々が「中宮様の前で、自分だけがとりわけなつかしく思い出されるだろうといい気になっているよ」とからかわれたので、「いつそんなことを申しましたか」とむきになって弁解されたのもおもしろく思いました。

 

 

雪が深く降った朝、実家で荒れてしまった庭を古歌を口ずさみながら眺めていると、枯野の織物の狩衣、蘇芳の衣、紫の織物の指貫を着て、すっと引き戸をあけて入ってきた資盛様のあのときの姿が、私のくすんだ姿と違って若々しく美しく見えたことなど、いつも忘れられず思い出されて本当に悲しいことです。

 

 

中宮様が主上の下へ参上なされる時にお供した人々が炭櫃を囲んで物語などをしていると、重衡さまが「内裏の宿直の番で伺候しておりました」と入ってこられました。

重衡さまはいつものように冗談やら真面目な話やらを様々におもしろく話されるので、ご自身も他の方達も大変お笑いになっていました。しまいには恐ろしき物語まで始められたので、本気になって、「今は聞きません、あとで」と、女房達もきゃあきゃあと怖がっていました。重衡さまはそれでも続けてお話になるので、しまいには着物をひき被ってお話が聞こえないようにしていたのでした。

 


・・・いかがでしょうか。女房達のアイドルでありながら、歌が不得手な維盛。

人のために細かく気を配る人、と称せられる一方、女房達を鬼の話で怖がらせる屈託のない明るい重衡。

見事なもみじに、これまた見事な和歌をつけて作者へ送る忠度。

自分の和歌を一座にからかわれ、むきになって弁解する経正。

そして、建礼門院右京大夫と恋に落ちた資盛。
この他にも、時忠、清経、知盛など、多くの公達を内側から見つめて描いています。

平家物語からは決してうかがえない様な一門の人々の姿を、彼女のおかげで私たちは知ることができるのです。

 

​お問い合わせ・ご意見
  • Facebook
  • Twitter
  • YouTube
  • Pinterest
  • Tumblr Social Icon
  • Instagram
©2019 花のかんばせ 無断転載禁止

Success! Message received.

bottom of page