
「今は浮世に思ひ置く事なし。さらば斬れ」
-平清宗(たいらのきよむね)-
宗盛の嫡男。右衛門督。壇ノ浦の合戦で生け捕られ、父宗盛とともに近江で斬られます。
父に非常に大切にされ、17年でその生涯を閉じるまで、一日たりとも離れていることはなかったといいます。そしてまた異母弟の義宗にとっては、やさしい兄でもありました。
壇ノ浦で捕らえられた後、一門は都大路を渡されます。小八葉の車の前後のすだれを高く上げ、左右の物見も開かれていたので、見物人も中の人物がはっきりと見て取れました。宗盛は浄衣を着せられ、潮風に痩せ黒み、以前の色白く美しい姿からは想像もできないほどです。しかし、それほど打ち沈んだ様子もなく、周りをきょろきょろと見回していました。一方、宗盛の車の後ろに乗った清宗は、涙にむせびうつぶして、目も上げられないほど思い沈んでいました。生きて帰ってしまった恥ずかしさや後ろめたさ。どうせ助かるはずもない自分たちの命であるのに。清宗の心情は痛いほど分かります。
やがて清宗たちは、鎌倉で頼朝と対面し、その後再び都へと上っていきました。
父宗盛はこうして日数が延びるということを非常に喜んでいました。道中、ここで斬られるのだろうか。いや、ここだろうかと思いはするものの、国々宿々をとおり過ぎて行きます。
「さては、命を助けてくれるのかもしれないぞ」
宗盛は息子に呟きかけます。しかし、清宗はそうは思いませんでした。
「この暑い時期だ。首が腐らないように、処刑は都の近くで行われるに違いない・・・」
しかし、父があまりに歎くのがいたわしくて、そのようなことは口にせずに、ただ念仏を勧めるのでした。
そして6月23日。近江篠原の宿に着いた清宗父子は、別々に引き離されます。いよいよ最後の時が来たのです。
清宗は父と引き離されたとはいえ、周囲の様子から父の処刑が先に行われることを感じ取っていました。自分の命も後わずかという時でさえも、清宗が案じるのは父のことばかりです。
やがて清宗のもとに聖がやって来て戒を保たせ、念仏を勧めました。ああ、もう父はこの世にいないのだろう。
清宗は聖にたずねました。
「父上の最期はいかがでしたか?」
聖もこれに答えます。
「…ご立派でした…。ご安心ください」
清宗はやっと安心したかのような顔つきになりました。
「それなら、もうこの世に思い残すことはありません」
首を延べて清宗は短く言いました。
「さらば、斬れ」
こうしてまた、若い公達の命が散っていったのです。
その日のうちに二人の首は都大路を引き回され、獄門にかけてさらされました。このように身分の高い人が獄門に掛けられるのは異例のことであったといいます。