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請文

一の谷の戦に敗れた平家一門のもとへ、都から後白河法皇の院宣が届きます。

それは、一の谷で生け捕りにされた重衡の命と引き換えに三種の神器を還し奉れという要求でした。

 

一門はこの院宣に対する請文について僉議を行いましたが、二位殿は一同の前で泣き崩れながら、「重衡を捨てるのなら、自分をまず殺して給もれ」とかき口説きます。

 

しかし、宗盛、知盛の返事は二位殿や重衡の北の方にとっては非情ともいえるものでした。

 

「母上、宗盛もそのようにしたいとは思いますが、わが国の重宝三種の神器を重衡一人の命に代え参らせることができましょうか。頼朝への聞こえもあります。主上がその位にあるのも、三種の神器があるからこそです。」

「たとえ、三種の神器を都へ還しいれたからといって、重衡が戻ることは期待できません。ただ遠慮なく、そのように請文に書くべきです。」


二人の言うことは、至極もっともなことなのです。

 

二位殿は今はしかたなく思われたのでしょうか、涙にくれながらもなんとか重衡への返書をしたためます。

北の方はもう物も言うこともできず、衣を引き被って泣き伏すばかりでした。

 

同席している人々も、その心中を思いやり、涙で袖を濡らします。

なにも、重衡が憎くてこんな返書を書くわけではないのですから。

あまつさえ重衡は数々の戦績を残し、また多くの人に慕われていた人物でありました。

しかし今、平家の取るべき態度は一つしかなかったのです。

 

このとき一門の送った請文は、まことに筋の通った潔い返書となっています。少し長くなりますが、以下にご紹介いたします。
 

 

今月14日の院宣が同月28日に讃岐八島の磯に到着しました。謹んで拝見し、その趣のとおり承りました。
ただしこの院宣について重衡の命と引き換えに神器返還、ということを考えてみますと、平家の者はすでに通盛をはじめとして、幾人も摂津一の谷で殺されているではありませんか。

どうして重衡一人のお許しを喜ぶことができましょうか。
いったい、わが君(安徳帝)は故高倉院より皇位を受けてご在位既に4年。

政治は堯舜の壁代を学び善政を行っていましたのに、関東、東国の武士らが徒党を結び、群れをなして入京したのではありませんか。

一つには幼帝、母后のお嘆きが何よりも深く、また一つには外戚、近臣の憤慨、不平が少なくなかったため、しばらく九州に行幸されたのです。

京都に還幸なさらないままに、どうして三種の神器のみを天皇のお体からお離し申し上げることができましょうか。

 

そもそも、臣は君をもって自分の心とし、君は臣をもって自分の体とされています。君が安泰であれば即ち臣も安泰であり、臣が安泰であれば即ち国家が安泰です。

 

先祖平将軍貞盛が相馬小次郎将門を追討して以来、関東8カ国を鎮めて子々孫々に伝え、朝敵となった謀反の臣を誅して、生き変わり死に変わる遠い世々まで皇室のご運をお守り申し上げているのです。

それゆえ亡くなった父、故太政大臣清盛は保元・平治の二度の合戦の際、勅命を重んじて自分の命など顧みることはありませんでした。もっぱら君のために尽くしていたのです。


特にあの頼朝は去る平治元年12月、父左馬頭義朝の謀反のために、死罪に処せられるべき旨をしきりに天皇からおおせ下されていましたが、故入道相国は情け深いあまりに奏上して、流罪に緩められたのです。

それなのに昔の大恩を忘れ、入道相国の好意を考えず、急に弱り疲れた狼のような身でやたらと反旗を翻し、乱を起こしました。全くおろかの至りで言葉では言い尽くせないほどです。神の天罰を受け、大敗して滅亡するのを心中では覚悟しているのでしょうか。


一つには我が家の数代にわたるご奉公、一つには亡き父の数度の忠節をお忘れになりませんでしたなら、君(後白河法皇)におかれては恐れ多いことですが、ご自分が四国へ御幸なさるべきでしょう。

そうなされたならば、我々は院宣を承って再びもとの都へ戻り、敗戦の恥をすすぎましょう。

 

もしそうでないならば、我々は鬼界ヶ島、高麗、インド、中国にでも行ってしまうでしょう。悲しいことですが、人王81代の御代に当たって、わが国の神代の宝、三種の神器をついに、甲斐なくも外国の宝とするのでしょうか。

 

どうかこれらの趣旨を汲み取って、よろしいように後白河に申し上げてください。宗盛が心より謹んで申し上げます。

 

寿永三年 二月二十八日 従一位平朝臣宗盛の返書


 

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