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羅生門跡

芥川龍之介の小説でその存在が有名な羅生門。

今はその礎石もなく、写真の標石を残すのみとなりました。

 

しかし、平安京の昔、この地は都の中央を貫通する朱雀大路と九条通の交差点にあたり、平安京の正面玄関として羅生門が建てられていたそうです。


京都市の案内書きによると、門は二層からなり瓦ぶき屋上の棟には鴟尾が金色に輝き、正面十丈六尺(約32m)、奥行き二丈六尺(約8m)。内側、外四側とも五段の石段があり、その外側に石橋があったとのこと。

さて、この羅生門と平家との関わりですが、嘉承三年(1107年)、清盛の祖父である平正盛の時代に遡ります。
山陰地方に源義親を討伐した正盛は、京中男女の盛大な歓迎の中をこの門から威風堂々、帰還しています。
この門は平安京の正面玄関であったとともに、凱旋門でもあったのです。

 

しかし、平安時代中期以降、右京の衰え、社会の乱れとともに次第に荒廃。

盗賊の住処となり、後に様々な奇談を生み出しました。

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